やったね

神様

ジャニオタ卒業制作

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無事!卒業制作が終わりました。よかった〜。

以前からTwitterとかブログでも言及していた通り、アイドルをテーマにずっと制作を続けていたので、卒制でもアイドルから広げたもので制作出来たので良かったです。

教授陣とか、学校に提出したものはぼやかしながら説明したものがあったので自分用として、改めてここで意図について記します。

 

美大に入ってから周りの凄さに圧倒されっぱなしで、自分がいかに絵が下手でおもしろみのない人間だと思い知らされ、自信がなくなっていました。そんな時、自由に何をやっても大丈夫という課題を与えられ、そこで塚田くんにまつわる作品を制作し、そこで大きく手応えを感じたところから、アイドルという概念とわたしの戦いは始まりました。

たまたま塚田担だったので、アイドルという代名詞を用いて塚田くんの写真だとか言動を作品に用いていたんですけれども、制作の一環として(???)ジャニオタを続けているうちに、塚田くんが分からなくなる瞬間が多々訪れました。

塚田担のわたしは自担のことを塚ちゃん呼び出来なかったり、たまにブログで垣間見る塚田くんの思考に圧倒されてきました。でも、パッとテレビをつけると、そこにいるのはいつもの天真爛漫塚ちゃん⭐︎でギャップで混乱していました。

論語を読み、性善説を信じ、勉強が得意な塚田くんと、バラエティで天然おバカキャラとしていじられまくる塚ちゃん、どちらが本物の塚田くんなのかわからなくなりました。多くのオタクは、自担のギャップ最高〜!となると思うんですけど、塚田担は一層ギャップのエグさに毎回慄いていました...。

なので、わたしはなるべく塚田くんの生のインタビュー(ドル誌よりはインターネットや別媒体の雑誌、テレビで喋る内容)をなるべく純粋な塚田くんとして摂取し、その成分をパブリックイメージである塚ちゃんに貼り付け、純度の高い塚田くんを推すようにしていました。

そして気づいたら拗らせ同担拒否気味オタクが誕生していました。なんで??

自分の解釈と合わない人が嫌になり、知らない同G担界隈が怖くなってしまいました。同じものを見ているのに、なんでそういう風に解釈するの?と憤りを感じるようにもなってしまったのでアカウントも移動させ、なるべく外部と関わらないようになりました。

この解釈は、見てきたものの厚さとか、媒体、時間によって変わるので当たり前なのですが、会ったこともない知らない人にそんなにムカムカしてしまうなんて、アイドルとはすごいフィルターだなあと思うようになります。

そんな風に外部との塚田くんの解釈にハテナを浮かべながら2020年を迎えます。

 

2020年は、オタクや本尊にとって(もちろんこの世の全ての人にもですが)試練の年になりました。今も何が何だか分からないまま過ごしているんじゃないでしょうか。

以前のブログでも書いたんですけど、そんな中A.B.C-Zの「どうがでこうかんにっき」は、わたしにとって嬉しいオタクとして供給になると共に、アイドルをテーマに制作を続けている人間としてちょっとしんどいコンテンツでした。

スマホを開けばA.B.C-Zが(しかも私服で自宅から)メッセージをくれるのは、さまざまな意味でA.B.C-Zとわたしたちの距離がグッと縮まりました。

でも、わたしは塚田くんのことを遠い存在のアイドルとして応援していたので、塚田くんだと分かっていても、そこにいるのが成人男性に見えてしまっていたのです。

 

コロナでめちゃくちゃになる1番最後に塚田くんを見たのが、チートタイム発売の時に遭遇した時だったのも大きかったです。その時も、興奮したは1番最初だけで、後々思い返すと(特別な思い出にはなったけれども)アイドル塚田くんと、一般男性が同時にいるぼやけた、見てはいけないものを見ちゃったのかなと考える様になりました。

同じくらいの距離でファンサを直に貰った時にはなかった感情です。

 

結果的に、消費(見ているもの)している対象が曖昧になってしまったように感じました。今わたしが画面越し(フィルター越し)に見ているのは誰なんだ?と感じるようになりました。

その対象が、ただただアイドルの衣装を着てキラキラと歌って踊る様子だったら、まだ気にしなかったのですが、そこに居るのは成人男性の様にも見えたので「ああ、わたしは生身の人間を消費しているんだ」と思うようになります。

どうがでこうかんにっきが終わってからも、毎日塚ブロも裏塚ブロもチェックしていましたが、やっぱり画面の向こうにいる存在はぼんやりしているのでした。その景色が、コロナ禍で当たり前になったビニール越しに見える風景に重なりました。

 

いま自分が感じている塚田くんへの曖昧なぼんやりとした距離感と、ビニールによって全てが有耶無耶になった状態を一緒くたにして、混沌とさせたかったのです。

結果的に、わたしの作品は映像をビニール越しに流し、ぼんやりと見せるものになりました。

 

映像は、何種類かあり、全てわたしが映っています。ご飯を食べたり、粘土を捏ねたり、自分なりの消費活動をしている様子を見せつけることにより、鑑賞している人に消費者になってもらうことを狙いとしました。

机上には、読み込むとステイトメントを読むことができるQRコード、動画内で出てきた粘土を重ねて解釈を表現したフィギュア、本尊代わりリパダイのアクスタを置きました。

全体的に混沌とさせたかったので、いい空間が出来たんじゃないかなと思います。

 

美大に通うジャニオタが全員自担のことを題材にする訳ではないのですが、自分は自担をイメージした作品が作れたので、美大生のジャニオタがどんな作品を作るのか気になりました。

 

おわり

罪悪感についてのアンケート結果

先日からずっと募集していたアンケートの集計ブログです。

docs.google.com(現在は募集を締め切っています)

以前に書いた「ジャニオタと消費と罪悪感についてのメモ書き」から、卒制の参考に他の人の罪悪感のスイッチを知りたくて募集をかけていました。卒制自体は消費をテーマにするのに落ち着きそうなので、罪悪感についてはここでまとめたいと思います。

項目は回答者の年齢、担当の年齢、応援していて罪悪感を感じるか、罪悪感について。の4項目です。友達が、自分より年下のタレントを応援する時に罪悪感を感じる瞬間があると言っていたので、そういうことがあるのか気になって項目に入れてみました。

前述したブログから回答してくれた方が多かったので、消費についての話が多かったです(そうだろうよ)とても参考になりました。

ご協力してくださった皆さんありがとうございました!

 

人格についての罪悪感

アンケートを公開した直後に「キャラ化」についての話を書いてくれた人がいました。自分が考えていたことについて「キャラ化」という言葉がとても合っていたのでありがたかったです。後に書いてくれた消費についての話もとても参考になりました。本当にありがとうございました!

集団の中で分かりやすく受け入れやすい「キャラ」をアイドル当人が演じ続けることと、我々が「キャラ」として提示されたアイドルを純粋に受け取り消費し続けることによって、その「キャラ」から外れた振舞いを目撃した時にある種のカルチャーショックを受けてしまう、というのがアイドル(や芸能人)を取り巻く社会の現状という気がします。(参考文献:斎藤環『キャラクター精神分析──マンガ・文学・日本人』)

 この人は、アイドルという距離のある対象に関してはそういった「キャラ化コミュニケーション」に興じるべきかもしれないと述べています。

個性が重要視される環境で、キャラクターとして生きる生身の人間を、私たちもキャラクターとして受け入れていった時に生まれるギャップが罪悪感の要因に繋がっているのかと思いました。 後述する消費に近いものがあるとは思うんですけど、アイドルとしての姿しか知らないのに「こういう人だ」と自分の人格形成をしてしまうことに対する罪悪感です。「勝手に期待」「勝手に想像」と、アイドルの向こう側をオタクが色々考えてしまう行為そのものが罪悪感に結びつく人もいるようです。

彼らが築き上げてきた人生を素晴らしいストーリーだと噛み締め、ひとりひとりの個性をなんて美しいキャラクター性だろうと味わっています。私は結局、彼のアイドルとしての旨味の賞味期限が来る前に吸い尽くそうとしているだけなのかもしれません。 

こちらがアイドル以外の部分に勝手に期待して、勝手に失望する時に罪悪感を感じる。理由は"アイドル"の仕事に対する期待はしてよいが、それ以外の面において期待をしたり失望したりするのは求めすぎだと思っているため。

自担は他人である以上、おたくには人となりや性格が分からないはずなのに、勝手に想像したり、他人の想像した人格にケチをつけたりすることです。

わたしも好きなコンビの説明文を読んで「このコンビはこんな関係じゃない」と怒った後に虚しくなってしまったことがあります。雑誌やテレビで見る言動から「勝手」に関係性を想像して、都合よく解釈をして、それに当てはまらないような解釈や説明を見て勝手にマイナスな気持ちになってしまいました。

個性≒キャラクターなのかな〜と思いました。ただ、キャラクターと言ってしまったほうがとても理解や説明しやすい一方、消費に繋がっていくと思います。

 

人生を消費することへの罪悪感

自分のブログでは割とここを中心に書いたので、これについて色々な意見が見れました。

人の人生、人間関係、言葉を聞いてエモい、っていったり感情を借りているのってその人間そのものを人間ではなく偶像(2次元のキャラクター)と同じように見ているのでは?と思う時があります。なんなら交友関係に対してとやかくいう資格はないとわかってますが一方で文春などに抜かれたりするとしっかりして!(見えないようにして!)と嘆くのとか正直グロテスクですし申し訳ない気持ちになります。でも他の誰かじゃなくてその人がいいってなるのも因果なものですよね…

アイドルの言動を都合の良いように解釈していると感じたとき。メンバー同士の関係性に沸くとき、人間関係を消費している感覚になるときもあります。

個人を消費しているということ、本人の意思の有無、無意識に呪いをかけているのではないか

いつも担当のエピソードや好きなコンビのエピソードを聞いて「めっちゃ最高〜!」と思っていますがたまに「生きている人間の人生を面白がってるってすごくいやだな」と思う事があります

ジャニーズを好きになってから他人の人生を一方的に消費していることに罪悪感を感じています。特にそれを感じるのは、テレビやコンサートでアイドルが涙を見せた時「ラッキー♪」と思ってしまう自分がいることです。好きな人が悲しんだり悔しい思いをしているのをレアな出来事に遭遇できたとばかりに喜んでしまう自分が気持ち悪いなーと思います。でもわたしの担当(宮近くん)が以前自分の活動について「残酷さもエンターテイメントになるから…」と言っていたのを知って少し救われました。 

アイドルの人生をエンタメとして消費している感覚に陥った時。

私が趣味として楽しんでいることは自担の人生そのものであり、他人の人生を娯楽として消費していること。

本人はそんなことはないのかもしれないけれど、ファンの方を向き過ぎていて自身の何か(主にプライベート面)を犠牲にしてしまっているのではないかという気持ち。「やりたくてやっている」ときっと言うのだろうけど、アイドルという「人間」を消費させて貰っている者としてどうか幸せであって欲しい。

人格と消費はだいぶ繋がってるとやっぱり感じたのですが、読んでいてどちらに重きを置いているかこっちで判断して分けさせて頂きました。繋がってはいると思います。

個人的に、人格を勝手に解釈することで一つ、解釈した人格を消費するでまた一つにカテゴライズされるんじゃないかなと思いました。

全くの他人の人生を消費することへの罪悪感に気付いた時に、どういった対処をするようにしているのか気になりました(そう考えると、宮近くんの言葉ってすごいなと思います。エンタメとしてという理由で人生を見せてくれる存在〜)

同じ内容のものを複数購入したとき

成人しているとはいえ、学生の身分で実家でお世話になっている自分が、親にごまかしたり黙ったりして時間やお金を使っていること。

同じものを複数買うことについての後ろめたさ。自分自身で稼ぎ、きちんと貯金もしているが、「お金を大切にしなさい」と教育してくれた親に対しての気持ちが一番大きいと思う。(中略)自身で稼いでいるし、独身なので本来であればそこまで罪悪感を持つべきものではない気がする。

有料チャンネルのドラマに出演が決定しても加入してまで視聴しないな…と思ってしまうこと。会費を払っているのにブログなどを読むのを溜めてしまっていること

自分が心身共に疲れ果て過ぎて、新曲CDを予約することも発売直後に買うことすら出来なかった時。担当じゃなくて、結婚相手が嫌いすぎて担降りしてしまった時。 

物理的な消費の方です。枚数を重ねてしまう、買えなかったなどどちらにも罪悪感が生まれていました。

買いすぎても、買わなくても罪悪感が出てくるので、自分にとって適正な枚数を見極めるのが精神衛生を保つのにとても重要になるのではないかなと思いました。

わたしは何十枚も買うタイプではないのですが、オリコン結果を見て「もっと買えばよかった」となる一方「1人で何十枚も買うよりたくさんの人が1枚買ったほうがいい」と思ってしまいます。数字でなんでも見られてしまう今の価値観が少し苦しく感じます。

自Gが数字で見られたくないと言って送り出されたのにな〜と思ってしまうしビルボ対策アカウントにいい思い出がないのでオタク向いてないな〜。

 

尊先と自分を比べてしまう罪悪感

私はジャニーズ以外にも好きなコンテンツがあるので、応援している時に、ファンに沢山の愛を伝えてくださっている姿を見ると私はその愛を受け取るのに本当にふさわしいファンなのだろうか、失礼なんじゃないだろうかと罪悪感を抱きます。

ドキュメンタリー等で練習している姿を見た時に「担当はこんなに頑張っているのに私はダラダラ生きているだけだな」と思う時がある。 

自担、グループがしっかりとても素敵な大人になっているのに、自分はいつまでも変わらない・成長できないと思って、励まされる資格なんてないーと思ってしまう瞬間があります。結婚して子供もでき、環境は変わっても中身が子供なので、落ち込んでいるときなど自グループが眩しすぎる 

  アイドルとファンとの関係としてとても美しいと思いました。わたしは、アイドルのことを神様と思うところから始め、今も自分とアイドルを切り離した存在として見てるのでアイドルのことをしっかりと1人の人間として応援して尊敬しているんだなと感じました。

ドキュメンタリーだとか、ブログで見える自担の言動をまっすぐ受け止めたからこその罪悪感ではないかと思います。逆にアイドルはアイドルとして存在し続けるための努力は当たり前と思う人もいるのかな〜どうなんだろ。

 

アイドルの年齢を考えた時の罪悪感

未成年、あどけない子たちの裸に近い状態を見た時。(雑誌等での上裸セクシーショット、水着jr.)

未成年を応援していて本当に許されることなのか、未成年をこんなしょうもない大人が愛でていて、本当に彼は嬉しいのか……?と心苦しくなり、それが罪悪感になる。

結婚されてる方を応援してもいいものなのだろうか。

子供欲しいんだろうなあとか子供の話をしたいんだろうなあと感じるとき(でも子供の話をして欲しいとは思ってない)

  友人は、17歳のアイドルが若さを売りにした時に罪悪感を感じると言っていましたが、水着や上裸のショットを見た時もやはり罪悪感を感じるという回答がありました。水着jrは夏の季語だけど、今の価値観だと少し見ていてドキドキしてしまうのではないかと思います。

また、40代のアイドルを応援されている方からは結婚していたり子供について言及することについての話も頂きました。アイドルの語源は偶像であることを強く実感しました。偶像である彼らに家族ができていく過程が見れるようになったのは良いことなんだろうけど、素直に喜べないんだろうなと思いました。推しの幸せを願いたいのに、いざ結婚してしまうと純粋に応援できるか不安になってしまうのではないのかと思いました。

 

性的消費、ルッキズムに関する罪悪感

雑誌等の媒体に、セクシーな写真と、本人が言わなそうな台詞(ex.抱いてやるよ、もう離さないetc.)が書かれている時。 

(セクシーさを売りにしたパフォーマンスだとわかったうえで)担当をエロい目で見たとき

表(鍵なしアカウントなど)ではオタクとして純粋に応援しているが、頭の中では性的消費しまくっているとき。 

自分が性的な眼差しで見られたくないのに自担を性的な眼差しで見ているとき。

ルッキズム等差別に関する勉強を大学でしているのに、顔を売りしているジャニーズを好きでいること。

 性的消費についてのあれやそれやが今問題になっていますが、個人でも性的なパフォーマンスや、性的消費について罪悪感に繋がる回答がありました。

回答にはなかったんですけど、露出だけでなく腰を突き上げるような振り付け(それに対する歓声は花火の時の掛け声と同じというツイートも見ましたが)を見た時にもそういった気持ちになるのではないのでしょうか。

某映画の時に「美人教師」についての話をしている人がいました。「美人画家」「美人選手」などのカテゴリ分けはわたしも好きではないので、確かにジャニーズという顔を売りにしている人たちを好きになるのは複雑だと思います。じゃあイケメンタレントにしろよみたいな、、。

12/3追記

色々見て思ったんですけど、ルッキズムとアイドルを好きになるのはまた違うベクトルなのかなと思います。ルッキズムは美しいものしか価値がないと思うことであり、美しいアイドル以外は価値がないと思っている人はなかなかいないんじゃないんでしょうか。

 

以上です。意見一つ一つがとても参考になりました。回答していただいたみなさまありがとうございました!

卒制ですが、オンラインになってしまったので悲しいんですけれども、もしオンラインで良ければ見てやんよ!という方がいたらリプライなりして欲しいです〜。

都内の美術館で展示予定でもあるので、開催ができればTwitterでも多分宣伝します。

 

ありがとうございました。

あと何かあったらマシュマロください。寂しいので。

marshmallow-qa.com

改めてアンケートご協力のお願いとか制作の話

最近頑張ってまあまあ文章を書いています。ろぴa.k.aろいなです。

Twitterから流れ着いた方がほとんどだと思うので、ご存知であって欲しいんですけども、今私は卒業制作の作業の真っ最中です。

 一般の大学(???)が卒論を書いて提出しないといけないように、美大では卒業制作をもって卒業出来る事になります。なので今結構大学はバタバタしています(コロナもあるけど)

他の友達はペインティングをしたり版画を刷ったりしていますが、私は絵を描くのが得意じゃなかったり、平面以外での表現を追求している為、映像や空間を使った作品を製作している途中です。

私はアイドルを軸に、そこから派生して宗教やジェンダーについて考えながら制作をしています(過去記事参照)

roroina.hatenadiary.jp

そこまでに至るにはまあまあ色々あったんですけど、今はこのテーマで制作を続けてきてよかったなと思います。A.B.C-Zや塚田くんを好きでいるだけで(?)制作の糧になるのはありがたいです。

他の人がどういった風に作品に思い込めているのかは100%分かりませんが、私は自分の技術の低さ、絵画という媒体の情報量の限界、アウトプットする量が釣り合わないなどといった理由で映像だったり空間、パフォーマンスを用いて制作をしています。テーマがテーマだから結構合ってるんじゃないかなと思ってるけどどうでしょうね。

 

そんな感じで、さっき貼ったブログを参照にして欲しいんですけど、アンケートのご協力をお願いしています。

今の所60人くらいの方にご協力いただいて、そのうち半分くらいの方に意見を書いてもらっています。直接卒制にどう絡まっていくかはまだ未定なところもありますが、色々な人が意見を言語化しているのを読めてとてもありがたいです。少なくともブログにはしたいと思っています。

よろしければ回答、拡散よろしくお願いします。

docs.google.com

これです!何もなければ20秒で終わるので!ぜひ!

存在しない関西ジャニーズJr.、ご立派ダイヤモンドの布教ブログ

以前から存在しない関西ジャニーズJr.の話をしているのにあまり反応がないのでここでしっかり書きたいと思います。推すなら今のうちだよ。

 

 

ご立派ダイヤモンド、既にYouTubeをやっているし(日曜日)アイランドTVも自粛期間中毎日たくさん投稿してくれているし、今も毎日動画が上がっているので間違いなく今一番アツいグループです!彼らを知ってもらうには、それを見てもらったほうが早いけど、好きなものは好きなので布教シートを書いている次第です。

私のおすすめYouTube企画は晶くんの好物にちなんだ「オリジナルラーメン作ってみた」と「自転車で琵琶湖を一周してみよう(全3部作)」です。アイランドTVでは画面分割してアカペラ合唱動画をあげまくってるので絶対に見てください~~!あとはin大阪でもパフォーマンスが見れます!!

素顔関ジュでもしっかりタコダイ歌っていたけど年下彼氏は出てないです。最近は若干干されているので今は頑張ってオタクがハガキを書いています、、、

 

動画は貼れないので、歌詞だけでも見て〜〜〜 

 

メンバー紹介

赤名弘明

メンバーカラー:赤

特技:ムエタイ

昔は財津くんというシンメがいて「ざいあか」で関ジュを牽引していたけど、財津くんが諸事情により退所。しばらくドル誌にも掲載されなくなる。バリバリのKAT-TUNオタクで上田くんを尊敬しているのでディアトレ(井出コウジ提供曲《Dear Treasure》)歌ってんのに裸になりがち。一瞬なにわ男子に加入する噂があったけれど気づいたらリパダイにいた。リパダイのことが誰よりも大好きで、度々リパダイへの愛を語っている。その割には提案する動画のネタが面白くない(過去の例:「一周回ってメントスコーラやってみた」「ジャニーズ縛りしりとり」)

穂山晶

メンバーカラー:オレンジ

好物:ラーメン

ざいあかシンメ時代にバックに高梨くんと付いていた過去がある。めちゃくちゃ声がデカいので桐山くんに「自分、うるさいな!」と怒られらことがあるけど相変わらず声がデカい。マチソワの間にラーメン屋に行くのでよくオタクに目撃されるし行きつけの店が情報垢界隈で共有されている。高梨の夢小説で夢主の背中押すかマウント取りがち。伝言板で毎回ご立派ダイヤモンド宛にラーメン食べに行こうと送っているが、実際行けているかは不明。

高梨龍之介

メンバーカラー:青

趣味:自転車(愛車はママチャリ)

晶と同期シンメ。SHOCKの見学行って楽屋挨拶した時に福ちゃんから初対面なのに「おお、なっしーじゃん!久しぶり~」と言われて以来、なっしーというあだ名を浸透させようとしてるがファンには りゅちゅ と呼ばれがち。晶と同じくらい声がでかい。渋谷のスクランブル交差点に初めて行った時2人して興奮していたのを少クラ帰りのオタクに目撃されていた。誕生日プレゼントで晶、倫太郎、弘明の3人からごついサイクリングヘルメットをもらった。

津村倫太郎

メンバーカラー:緑

趣味:古着集め

ニコラとのシンメ。実家は西成で母子家庭。赤名とのコンビ「つむあか」は顔面最強コンビとして大人気。本人は赤名のことをとても信頼している。頭が弱めだが、誤字回答のセンスが良すぎて大喜利王の異名を(グループ内で)持つ。ガサツなのでニコラからよく怒られている。キムチが好物で市販されているキムチの食べ比べが出来る。五関くんにおごってもらった事がある。

奥村ニコラ星太

メンバーカラー:紫 (本人は藤色と主張)

特技:フランス語

フランス人とのハーフ。神戸出身なので大阪にそんなに詳しくないのに大阪の番組でリポーターをやっているので一部の界隈から色々言われている。誰よりも王子様キャラで、ブログで毎回甘い言葉を言ってくれる。A.B.C-Z橋本くんのファンで、in大阪で一緒にStay with me♡を歌った。あきりゅから一発ギャグを強要されることを「パワハラ」と呼んでいる。自己紹介ソングのセリフが毎回フランス語なので毎公演必ずフランス語が出来るオタクが入っている。

 

 

めっちゃ箇条書きになってしまったんですけど、もっともっと好きなところとか推せるポイントがあるし書ききれない~~、、

5人揃ってSHOCK見学に行くリパダイも、コントの設定が家族しかないリパダイも、テレガイ表紙で組体操しようとするリパダイも全部全部最高!なのでみんなもっとご立派ダイヤモンドを好きになれ~!

実習中に書き溜めていたこと(最初に注意有)

読んでいてあまり気持ちのいいものではないものもあるかもしれないです。

他人を消費する、をテーマに制作を続けている以上こういった感情も大切にしたいので割と思ったままに書いています。嫌いになった訳では一切ないです。(愚痴垢の常套句みたいで嫌だな、、、)

 

10/21

ラジオとか配信を見るのがとても苦手ということにやっと気づいた。配信が苦手なのはオフに近い状態を見せられることがあるかもしれないというのがあったけど(ふぉ~ゆ~の配信があまりにも見れなさすぎて有料会員を退会してしまった)ラジオはまだ声だけのメディアだったり、オンの中に素(オフではない)が垣間見れて好きではあるが、どうしてもリアルタイムができない。

映画をサブスクで観ようとしても観れないのに近い。

ラジオはこの時期数少ない露出であるので少しでも好きを確認したいと思っているのだが、ラジオを家で聴こうとすると改まってしまう。多分コロナで家にいる時間が多くなり、いつもラジオをながら聴きをしているから慣れないんだと思う。

あと、アイドルの肉声を摂取するときは(ここも肉)コンサートや舞台が大多数を占めるし、今までながら聴きをしていた場所は電車だったり外である程度自分も化粧したり「聴くぞ!」と思って聞いていたのもあるかもしれない。

10/22追記:今日やっと一昨日のラジオを家を出る時間で聴けた。ラジオとブログで自分の心境だったり一番クリアで新しい情報、気持ちが受け取れるので好きだとは思うけど。難しい。

アイスサスペンスを解けていないことに今気づいた。

担当教員と話して、いろいろな場面をいろいろな場所で撮れたら良いなと思った。実習が始まってしまうので、実習中に泊まる場所でひとまずいくつか撮ろうと思う。

 

やってみたいこと追加:うどんを作って食べる。

 

10/30

実習が始まり、始めての一人暮らしで何も出来ていない。色々と書きたい事が溜まりつつはあるが、アウトプットする時間もないしインプットも出来ていない。こんなに自担のことを考えない日々は中々ない。クリスマスコンサートが決まったが卒業制作でそれどころではない上にキャパシティがあまりにもなさすぎて行ける気がしない。円盤や配信してくれることを願うしかない。

 

ちょうど一週間前に、A.B.C-Zの主演映画が公開された。原案は2016年の舞台で以前観劇したものの続きとなっている。撮影自体が去年の11月で、公開まで約一年のブランクがあった。

割と色々な人が言っているが、作中に覗きのシーンが二回もあり、正直鑑賞中に帰りたくなった。女性ファンの観客が大多数を占めるこの作品で、主演の男性アイドル(しかも5人とも)によってヒロインの入浴を覗こうとする行為があまりにもグロテスクすぎると感じた。

このシーンの一部は映画の特報にも使われており、再生回数を伸ばすためにリストで何回も見た印象的なシーンだっただけにあまりにも残念だった。

私自身が、卒業制作で男性アイドル、ジェンダーホモソーシャル、消費について考えていた最中に、一番良くないシーンが公式に出てきてしまっている。

覗きのシーンは、風呂に5人が入っている時に流れる。

役者である彼らに100%非があるわけでもないし、監督のプロフィールからミソジニーの香りがしたり、映画の見所でメンバーの変顔と答えたところに若干の違和感を感じた時にもっとそういった事態を想定すれば良かったと思う(でも自担が助けという言い訳でヒロインの入浴シーンを見ようとする犯罪行為を1800円払って二回も観せられるのは流石に想定できない)

脚本家の作品は、数本しか見たことが無かったが、今年夏に放送された私の家政夫ナギサさんで、ジェンダーを超えた役割分担についてしっかりと表現出来ているように感じたので、去年撮影されたとはいえそういったシーンを書くとは思わなくてがっかりした。

もちろん好きなシーンもあるし、ラストの「雷神の舞」は鳥肌が立つくらい完成度が高いと感じた。役者陣の演技も自然で内容も(ある意味)考察しがいがある作品だと思うが、これからこの映画を純粋に楽しんで観れる自信がない。

 

コロナがなければ、この映画も「応援」上映していたんだろうなとは思うし、作中に応援したり声を出しながら観たいシーンがいくつもあったが、覗きのシーンや変顔のシーンはどういう風に見れば正解なのだろう。犯罪行為に対して応援は絶対にしたくないし、裸を出せば女性ファンは喜ぶと思われているようで腹が立つ。本当に覗きと変顔のシーンは必要なのだろうか。とモヤモヤしてしまう。

 

 

11/10

今週で実習が終わる。

高校は一コマ45分で終わる。演習授業なんかでは慣れたと思ったらすぐに授業が終わってしまう。

コロナの影響で、部活動もすぐに帰らされてしまう。生徒たちを見ると、筆が乗ってきた頃に帰らされているように感じる。何と無く筆が乗る前に帰ってしまっている生徒もいる。名残惜しい気持ちで帰りたくないのだろうか。

 

この3週間はほとんど実習と、生きる為に頭を使っていたので3週間ほとんど何も出来ていない。家に帰って洗濯物を干し、ご飯を作り、日誌を書いて1日が終わる。

こんなに塚田くんのことを考えずに過ごす日は中々ない。卒業制作の為に、クリスマスコンサートは行かないことにした。アイスは全く食べれていない。ブログは毎日チェックして生きていることは確認できている。映画からやっぱり色々と意識が変わってしまっているのかなと少し悲しくなっている。

担降りは全く考えていない。だけど、何をすればいいのか本当にわからない。何をどうしても勝てないのだ。コンサートのキャパシティが小さいのはCDが売れていないからだと思い知らされた。CDを買っていない人がたくさんいるのか、そもそも本当にファンの母数が少ないのか分からなくなる。何も悪くないのは分かるが、何かのせいにしてしまいたい。自分のことにはそんな風に思うことはあまりないが(結局)赤の他人であるA.B.C-Zの事になるとムカムカしてしまうのが担降りしない証拠なんだと思う。

この前Vtuberと仕事をしているVtuberのオタクと話したが、知っている中の人を消費してしまうことも、赤の他人の人生を消費してしまうのも同じくらい罪悪感があるという結論に至った。生きているだけで全員何かしらの消費者になると気付けた。

 

今は、時間短縮のために出来ていないが、高校の頃は部活が始まる前に必ずクロッキーを行っていた。

5分間はあっという間で、短い。アウトラインを取っているだけでは人にならないので、どんどん考えながら5分間手を動かし続けなければいけない。

今日は少し時間が空いたので、去年までの非常勤の講師の作品を見ていた。ペインティングをあまり用いずに制作を進めるには、呼吸をするように何かしら生み出さないとダメなんだと今更知った。

この文章も、指導案を提出してチェックしてもらっている間に書いている。

何にも慣れないまま、分からないまま強制終了させられてしまうのだ。

 

11/17(めっちゃネガティブな気持ちを思い出しながら書いた 今はHAPPYです比較的)

実習中はずっと疲れていた。疲れからかネガティブなことばかり考えてしまうようになってしまう。

CDが売れていなさすぎる事にどうしても怒りが湧いてしまう。普段あまりムカムカしてもすぐに忘れてしまうのだが、アイドルのことになると感情がずっと続くことが多い。

社会人が多いはずなのに、どうしてと思ってしまう。無理して買わなくていいという風潮になりつつあるのだが、無理して買わなくても数字が出る段階じゃないのだから今は無理しないといけないのでは?と思ってしまうし、怒りムカムカの矛先は全く知らない人間に向けられる。

知らない人間にアイドルというフィルターをかけるとオタクと化して怒りの矛先になってしまう。

10/20 21ほぼ日記 わたしと塚田くんとラジオ

10/20

この何日かは学校に行ったり行かなかったりしていた。なかなか朝起きれないのは自分でも最悪だなとは思うけれど、寒くなってきて「冬季うつ」のケがある自分にはそろそろストーブが恋しいがなかなか出してもらえない。

 

この前担当教員に教えてもらったブラジルの文化についての本にカニバリズムについての表記があった。詳しい説明を受けたわけではないが、カニバリズムという他者をを自分のものとしてしまう文化と、西洋から文化が侵略してブラジルの文化と融合し醸されるという部分がいま自分がやっていることに繋がりそうだなと感じた。この前聞いたパブリックイメージの推しに自分が得た情報を重ねて自分の解釈を作り出す作業と通じるものがある。どっちもやってることグロテスクだし。

最近は自担のことを考えている時もどこかで一瞬俯瞰で物事を見れている気がして割と心地よい。そしてどんどんキラキラジャニオタへの道が遠ざかる。

ジャニーズへの漠然とした嫌悪感があった頃、ジャニオタになりたての頃はジャニオタになれば魂のステージが一つ上に行ってキラキラできると思っていたけど実際ジャニオタになったら気持ち悪さが加速しただけだった。

 

短い動画をドローイング的に撮ってみようと友人と一緒に行った馬肉専門居酒屋で馬刺しを食べているところを撮ってもらったけど行為は意味があるのに画面がどうしても違和感あって難しい~となった。

 

ないものの話をするのが好きすぎる。自担の主演映画がコロコロコミックで連載されていてレベルファイブ監修でメディア展開している話を永遠にしていたい。絶賛公演中の応援屋のことも女児向け雑誌で付録についてくるとかそういう話しかできない。前からいない関西ジャニーズJr.の歌詞を考えたり、そのJr.のいないファンに怒ったりしている。何にも役に立たない話しかできないしこういう謎の創作意欲は笑ってしまうほど卒制に役に立たない。

 

やってみたいこと:パンをこねる、粘土をいじる動画。何かを積む動画。

 

 

10/21

ラジオとか配信を見るのがとても苦手ということにやっと気づいた。配信が苦手なのはオフに近い状態を見せられることがあるかもしれないというのがあったけど(ふぉ~ゆ~の配信があまりにも見れなさすぎて有料会員を退会してしまった)ラジオはまだ声だけのメディアだったり、オンの中に素(オフではない)が垣間見れて好きではあるが、どうしてもリアルタイムができない。

映画をサブスクで観ようとしても観れないのに近い。

ラジオはこの時期数少ない露出であるので少しでも好きを確認したいと思っているのだが、ラジオを家で聴こうとすると改まってしまう。多分コロナで家にいる時間が多くなり、いつもラジオをながら聴きをしているから慣れないんだと思う。

 

あと、アイドルの肉声を摂取するときは(ここも肉)コンサートや舞台が大多数を占めるし、今までながら聴きをしていた場所は電車だったり外である程度自分も化粧したり「聴くぞ!」と思って聞いていたのもあるかもしれない。

10/22追記:今日やっと一昨日のラジオを家を出る時間で聴けた。ラジオとブログで自分の心境だったり一番クリアで新しい情報、気持ちが受け取れるので好きだとは思うけど。難しい。

 

アイスサスペンスを解けていないことに今気づいた。

 

担当教員と話して、いろいろな場面をいろいろな場所で撮れたら良いなと思った。実習が始まってしまうので、実習中に泊まる場所でひとまずいくつか撮ろうと思う。

 

やってみたいこと追加:うどんを作って食べる。

10/15に書いたけどアップし忘れていた 解釈について

昨日は久しぶりに塚田くんが1人でラジオに出ていた。グループでのラジオは毎週あるが、グループ内で喋る塚田くんより1人で喋る塚田くんの方が「塚田僚一」としての純度が高い気がするので好きだ。

家を出る準備をしながら聞いていたので細かいところはしっかりと覚えていないが、確かにハイテンションではあるけど流石にいつもよりは落ち着いて喋る塚田くんがなんだか新鮮でワクワクした。

担当教員と話しながら出た事

以前見かけたシートで好きなコンビのことを「平和」と言っている人がいた。わたしはその2人を「戦友」だと思っていたので、この後に及んでこのような言い方をするのはどうかと思ったが「解釈違いだな」と思った。生身の人間に解釈もクソもないので、私の言い分がおかしいのは当たり前だが、この「解釈」がどこから来るのかを考えると、まず最初に好きになった時に感じる「パブリックイメージの推し」に自分が見聞きした情報でなるべく純度の高いものを貼り付けていくのが「解釈」を深める作業になるんはないかという結論に至った。フィギュアに粘土を重ねるように複数のメディアや視点から語られる様々な塚田くんの情報を時には取捨選択し、なるべく純度の高いものを選んで既存のパブリックイメージの塚田くんに貼り付け、捏ねて、自分の解釈を作る。その情報の捉え方やどの情報を選ぶかによって同じ人物でも少しずつ異なるなと思った。

この貼り付ける情報が私はなるべく純度の高いものにしたいと考えているので自分で自分を語る場面であるとかメンバーが語る姿をなるべく参考にしたいと考えている。